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海賊版から出発 ドラえもん、ベトナムで20年 アジア跳ぶ(10) 現地から
2013/01/15
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日本の国民的アニメ「ドラえもん」。故藤子・F・不二雄さんが生み出した猫型ロボットと少年たちの心温まる物語は海を越え、アジア各国でも子どもたちを引き付けてきた。作品の持つ力は「ニッポン」へのイメージを形作る。日本から約3600キロメートル離れたベトナムに育つ子どもたちにとってもドラえもんはニッポンを体現していた。

■動物園のイベントに2万7000人

ベトナムでの出版20周年記念イベントのステージで、ドラえもんの主題歌を日本語で歌い、踊る子どもたち

ベトナムでの出版20周年記念イベントのステージで、ドラえもんの主題歌を日本語で歌い、踊る子どもたち

2012年12月9日。気温30度を超える暑さのなか、ホーチミン市の動物園には2万7千人超が押し寄せた。ドラえもんの漫画本がベトナムで出版されてちょうど20年の節目の年を祝う記念イベント。駆け付けた人々は思い思いに登場キャラクターのパネルや「どこでもドア」の模型と並んで記念撮影したり、クイズやゲームに興じたりと笑顔がはじけた。

「♪空を自由に飛びたいなー。ハイ、タケコプター!」――。ステージ上ではベトナムの子どもたちがおなじみの歌詞を日本語のまま歌い、メロディーに合わせて踊る。その愛らしい姿に拍手がわき起こった。ニッポンのものだからという連想か、ステージではよさこい踊りまで始まった。

ベトナムでの出版20周年コミックスに記念スタンプを押す藤子プロ社長の伊藤善章さん

ベトナムでの出版20周年コミックスに記念スタンプを押す藤子プロ社長の伊藤善章さん

「ドラえもんの社長さんにスタンプを押してもらいたいよ」「握手してください」。会場の一角にはベトナム語に翻訳した20周年記念版コミックス(価格は3万5000ドン=約150円)を握りしめた子どもたちの行列ができていた。その先には藤子プロ(東京・新宿)社長の伊藤善章さんや小学館取締役の黒川和彦さんらの「ドラえもんのことを好きになってくれてありがとう」。差し出された本に記念スタンプを押しながら、子どもたちのまるでドラえもんか藤子さんに会ったかのような喜びように目を細める伊藤さん。「藤子先生の作品に込めた思いとあの時の決断がこの日につながったんだ」と感慨深げだった。

東南アジアで知られる日本の漫画やアニメの多くはいわゆる「海賊版」から広がっていった。ベトナムでも1992年に現地大手のキムドン出版社が正式な許諾を得ずにドラえもんのベトナム語版を売り出し、「ドレーモン」の呼び名で瞬く間に広がった。

■著作権料を教育基金に

記念イベントには2万7千人超が集まった

記念イベントには2万7千人超が集まった

アジア各国で海賊版に悩まされてきたドラえもん。ベトナムでも版元の小学館とキムドン社が4年にわたって交渉を続けた。結局、キムドン社側が過去の著作権料も支払う方向で決着しかける。しかし話を聞いた藤子さんは申し出を断った。「そのお金はベトナムの子どもたちのために使ってほしい」

96年には藤子さんがベトナムを訪問。過去の著作権料に相当する10億ドン(当時で1000万円程度、後に増額)を元手に「ドラえもん教育支援基金」が発足した。今でも年平均500人に及ぶ子どもに学費を援助し続けている。基金の存在は「クリーンなイメージと相まって、ドラえもん人気を支える大きな要素になっている」(小学館の鈴木由紀夫さん)。

ベトナムでは「ドラえもんに会わせて」と熱烈なファンの子どもから出版社に電話があり、担当者が「今日本に帰っているからね」と必死に説明したというエピソードも残る。「藤子先生がベトナムに来てくれたのは本当にうれしかった」。今回のイベントの合間にはキムドン社社長のファム・クアン・ビンさんが伊藤さんにしみじみと思い出を語る一幕もあったという。

■ビジネスは後でついてくる

伊藤さんは言う。「海賊版はいけないが、ただけしからんというだけでもいけない。子どもが夢中になって作品を読み、漫画と一緒に日本も好きになってくれる価値は計り知れない。そして相手国の社会が成熟すれば後でビジネスもついてくる」。実際にベトナムでも著作権料に加え、関連商品販売などがビジネスとして育ちつつある。

ドラえもんの立体模型で塗り絵をする子どもたちも

近年は国を挙げてのマーケティング戦略を武器に「韓流」がアジアを席巻し、ソフトパワーは日本の専売特許とは言えなくなってきた。ドラえもんのようなコンテンツ自体の魅力は絶対条件だが、それだけでは勝ち抜けない。かつてのように年月をかけて浸透を図る余裕もなくなってきた。

一方でドラえもんを見て育ち、日本に親近感を抱く人たちが数多くいる事実は見逃せない。日本ファンになってもらうきっかけとしての漫画・アニメの力は依然大きい。「子どもの感性は相通じるところがある。日本で売れるものは世界で売れる」とは藤子プロ執行役員の篠田芳彦さん。アジアに根付いた財産を生かす次の一歩も水面下で静かに動き出しているようだ。

日本経済新聞2013年1月15日により

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